慎太郎が幼少期に読み書きを学んだ「松林寺」。
鎌倉幕府を開く2年前の821年に建てられました。
幕末に焼失したそうで、今は「松林寺」跡は↓↓のような建物に変わり、
変わらず観世音菩薩が祀られています。
境内には中岡慎太郎遺髪墓地や北川玄蕃頭道清の墓、「子安地蔵」と呼ばれる地蔵堂もあります。
子安地蔵は子授けに霊験があると云われていて、
村の方々はもちろん、村外からも子授けの祈願に訪れる方々がいます。
松林寺は焼失しましたが、山門は現存されています。
地元のお年寄りのお話では、
この山門石段の下の少し広くなっている場所には
生まれてすぐに亡くなったり、成長する事が出来なかった赤子が
埋葬されていたそうです。
幼い頃からそう聞かされていて、子供の頃はこの場所を踏まないように、
脇から上がって石段を登り、お寺の境内で遊んだ。
と話してくれました。
『今でも脇から上がる人は多いもんで、
上りやすいように石を置いちょらぁよ』
これまで当たり前に通っていた場所が、この話を聞いてから
通れなくなってしまいました😓
慎太郎さんも脇から登っていたのかなぁ...